*花やしき*

HANAYASHIKI

彼はもうとっくに飽き果てていた、あの浅草に再び興味を覚えるようになりました。おもちゃの箱をぶちまけて、その上からいろいろのあくどい絵の具をたらしかけたような浅草の遊園地は、犯罪嗜好者にとっては、こよなき舞台でした。彼は、そこへ出かけては、映画館と映画館のあいだの、人ひとり漸く通れるくらいの細い暗い路地や、共同便所のうしろなどにある、浅草にもこんな余裕があるのかと思われるような、妙にがらんとした空き地を、好んでさ迷いました。そして、犯罪者が同類と通信するためでもあるかのように、白墨でその辺の壁に矢の印を書いて廻ったり、金持ちらしい通行人を見かけると、自分がスリにでもなった気で、どこまでもどこまでも、そのあとを尾行してみたり、妙な暗号文を書いた紙切れをーそれにはいつも恐ろしい殺人に関する事柄などを認めてあるのですー公園のベンチの板のあいだへはさんでおいて、木かげに隠れて、誰かがそれを発見するのを待ち構えていたり、そのほかこれに類したさまざまの遊戯を行なっては、独り楽しむのでした。

「屋根裏の散歩者」 大正14年8月「新青年」(第6巻第10号)


遊園地のような浅草を凝縮した、カルトの名所といえば何といっても、「花やしき」です。
狭い敷地の中にこれでもかと密集させたアトラクションの数々、とくに日本で一番古いといわれている、隣家の屋根をかすめて疾走するジェットコースターや、浅草のランドマークのようなスカイハウスは有名です。
現在では入場料800円のれっきとした遊園地ですが、私の少年時代である昭和40年代はじめには、「新世界」と並ぶ魔界で、「鏡の部屋に浮浪者が寝ていた」だの「釣り堀の底には大きなライギョがいっぱいで絶対に鯉は釣れない」だの「浅草小学校の奴が誘拐された」だの、浅草の少年探偵達に様々な事件の噂を提供してくれました。




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