*上野駅*

UENO EKI

七時三十分列車は上野駅に到着した。改札口を出ると、そこに自動車の運転手が待ちうけていた。明智の顔は新聞でおなじみになっているので、まちがいはない。「福田からお迎えでございます」運転手は現代の英雄に対する大衆的尊敬をもって、うやうやしくいった。(中略)だが、さすがは名探偵である。かれは自動車の踏み台に足をかけたときに、ハッと、ある危険を感じて、思わずあともどりしようとした。しかし、残念ながらもうおそかった。うしろからは案内役の運転手が、恐ろしい勢いで押し込む、中からは運転台の助手が猿臂を伸ばしてひきずりこむ、不意を打たれて抵抗のすきがなかった。(中略)自動車はなにごともなかったかのように、大胆にも明るい電車通りを広小路の方角へ走り去った。その客席のクッションには、われらの主人公明智小五郎が、みじめにも気を失って、ぐったりともたれかかっていたのである。

「魔術師」 昭和5年7月〜6年5月 「講談倶楽部」(第20巻第7号〜第21巻5号)


左の写真の前の道を明智が乗せられた自動車は走り抜けていきました。ここは上野駅の裏側、アメ横の入り口が魚の匂いとパチンコ屋の喧騒を漂わせて人を飲み込んでいます。今では若干枯れた趣の浅草よりも、乱歩の時代のワクワク感を伝える場所ではないでしょうか。写真奥には芸術の森上野公園、手前には魔窟のアメ横、ここは上野の分水嶺です。
ところで西郷隆盛の銅像ですが、隆盛像は高村光雲が犬は後藤貞行が制作、鋳造は谷中在住の岡崎雪声が行い明治31年に除幕されました。光雲と貞行のコンビは他にも皇居前広場の楠木正成像も制作しました。




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