*美術館*

BIJUTSUKAN

なめらかな大理石の膚を、五本の指が、クモの足のように、ぶきみにはいまわった。目、鼻、口、男は花びらのようなくちびるを長いあいだ楽しんでいた。それから、胸、腹、ももと、全身をなでまわす手のひら。なでられるのは、彼女自身の彫像なのだ。肉体のどんな小さなふくらみも、どんな小さなくぼみも、如実に刻み出された彫像なのだ。蘭子は見ているうちに、不思議な錯覚に陥っていった。大理石像と彼女自身の肉体とが、異様にこんぐらがって、男のぶきみな手のひらが、直接わが肉体をなでまわしているかのように感じられるのだ。ムズムズと、全身を虫のはうような、なんともいえぬ感触。彼女は思わず両手で胸を押さえて身をかがめた。男の手のひらが石像の乳のあたりに行ったからだ。彼女の乳ぶさの鋭敏な神経が、直接それを感じたのだ。

「盲獣」 昭和6年2月〜7年3月「朝日」(第3巻2〜第4巻3号)


上野公園内には昔から美術館や博物館がたくさんあります。そして最近は国立博物館平成館のオープンや西洋美術館の大改装、そして東京芸術大学の展示室の一般公開など、どんどん大規模で近代的な芸術の森に変貌しています。公園内に林立する美術館群は展示品のみならずその建物自体の美しさも競い合っているのです。そのなかで乱歩の時代の面影を強く残す建物といったら「国立科学博物館」でしょう。入場した途端に感じるかび臭さや薄暗い階段、たまに小さな足音が聞こえるくらいで、たいていは静まりかえっている館内。展示室の向こうから黒眼鏡の盲獣が顔を出しそうです。ところでこの「盲獣」は乱歩のなかでもエログロに振り切れている作品で、本人も発表後かなり後悔したようで、出版されている本によってバージョン違いがいくつかあります。バラバラに切り刻んだ死体を鎌倉ハムだといって船の乗客に配るシーンなど、さすがに書いていていやになったんでしょうか、講談社の本には削除されています。




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