*隅田川*

SUMIDAGAWA

門を出ると、彼は隅田堤を、ただなんということもなく、急ぎ足で歩いていった。
大川の濁水が、ウジャウジャと重なり合った無数の虫の流れに見えた。
行く手の大地が、匍匐する微生物で覆い隠され、足の踏みどころもないように感じられた。
「どうしよう、どうしようなあ」
彼は歩きながら、幾度も幾度も、心の苦悶を声に出した。あるときは、「助けてくれえ」と大声に叫びそうになるのを、やっと喉のところで食い止めねばならなかった。

「虫」 昭和4年6,7月「改造」(第11巻第6/7号)に分載


隅田川の流れは、女優木下芙蓉へのネクロフィリアで錯乱した、「虫」の主人公である征木愛造にとっては無数の虫の流れに見えました。とにかく乱歩はよほど隅田川が好きだったようで、死体やら首やら指やら色々なものを流していきます。 ちなみにこの写真は、駒形橋の真ん中から吾妻橋を撮影したものです。右側の岸が墨田区、スタルクがデザインした「フラムドーム」というアサヒビールの本社屋がみえます。左側は台東区、この先には乱歩ワールドのきわめつけ、浅草公園と観音様があります。




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